最高裁判所第三小法廷 昭和59年(オ)1088号 判決 1990年2月20日
主文
原判決を破棄する。
本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人堤賢二郎の上告理由について
一 原審が確定した事実関係は、(一)被上告人真弓百十彰(以下「被上告人百十彰」という。)は、昭和五七年八月二五日、訴外有限会社寝装のしらかわ(以下「訴外会社」という。)から呉服一式(以下「本件商品」という。)を代金一四五万円で買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)をするに際し、上告人との間で、上告人は訴外会社に対して右代金を立替払する、被上告人百十彰は上告人に対し右金額に取扱手数料三一万三二〇〇円を加えた一七六万三二〇〇円を同年九月から昭和六〇年八月までの間に毎月二七日限り四万八九〇〇円(初回は五万一七〇〇円)ずつ支払う、同被上告人が右支払を怠り二〇日以上の期間を定めた書面による催告を受けても履行しないときは期限の利益を失い割賦金残額に年二九・二パーセントの割合による遅延損害金を付して上告人に支払う旨の契約(以下「本件立替払契約」という。)を締結した。(二)被上告人真弓サヨ子は、上告人に対し右契約に基づく被上告人百十彰の債務につき連帯保証(以下「本件連帯保証契約」という。)をした、(三)訴外会社は、上告人の加盟店として本件立替払契約の締結の衝に当たり、その当日、上告人から右代金の立替払を受けた、(四)ところが、訴外会社が本件商品の引渡を履行しなかったため、被上告人百十彰と訴外会社は、昭和五七年暮ころ本件売買契約を解除する旨の合意(以下「本件合意解除」という。)をし、昭和五八年五月三一日その旨を記載した商談解約書を作成したが、これには本件合意解除に伴う諸問題は訴外会社において責任をもって処理する旨記載されていた。(五)訴外会社は、本件合意解除の当時も上告人の加盟店であった、(六)被上告人らは、昭和五八年四月分以降の割賦金残額一四一万八一〇〇円の支払をせず、上告人から同年八月五日到達の書面で同月二七日までに支払うべき旨催告を受けたが、その履行をしなかった、というのである。
二 上告人は、被上告人らに対し、本件立替払契約及び本件連帯保証契約に基づき、各自右一四一万八一〇〇円及びこれに対する右催告による遅滞後の昭和五八年八月三一日から支払済みまで約定の年二九・二パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めたところ、原審は、前示事実関係のもとにおいて、本件立替払契約の目的である被上告人百十彰の代金債務は本件合意解除により右契約の締結時に遡って消滅し、上告人が被上告人らに対し右履行請求をすることは信義則に反し許されないとして、上告人の請求を棄却すべきものとしている。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
購入者が割賦購入あっせん業者(以下「あっせん業者」という。)の加盟店である販売業者から証票等を利用することなく商品を購入する際に、あっせん業者が購入者との契約及び販売業者との加盟店契約に従い販売業者に対して商品代金相当額を一括立替払し、購入者があっせん業者に対して立替金及び手数料の分割払を約する仕組みの個品割賦購入あっせんは、法的には、別個の契約関係である購入者・あっせん業者間の立替払契約と購入者・販売業者間の売買契約を前提とするものであるから、両契約が経済的、実質的に密接な関係にあることは否定し得ないとしても、購入者が売買契約上生じている事由をもって当然にあっせん業者に対抗することはできないというべきであり、昭和五九年法律第四九号(以下「改正法」という。)による改正後の割賦販売法三〇条の四第一項の規定は、法が、購入者保護の観点から、購入者において売買契約上生じている事由をあっせん業者に対抗し得ることを新たに認めたものにほかならない。したがって、右改正前においては、購入者と販売業者との間の売買契約が販売業者の商品引渡債務の不履行を原因として合意解除された場合であっても、購入者とあっせん業者との間の立替払契約において、かかる場合には購入者が右業者の履行請求を拒み得る旨の特別の合意があるとき、又はあっせん業者において販売業者の右不履行に至るべき事情を知り若しくは知り得べきでありながら立替払を実行したなどの右不履行の結果をあっせん業者に帰せしめるのを信義則上相当とする特段の事情があるときでない限り、購入者が右合意解除をもってあっせん業者の履行請求を拒むことはできないものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、本件立替払契約及び本件売買契約は、改正法が施行された昭和五九年一二月一日より前に締結されたものであって、前記改正後の割賦販売法三〇条の四第一項の規定は適用されないところ(改正法附則六項)、訴外会社が、上告人の加盟店として本件立替払契約の締結の衝に当たり、本件合意解除の当時も上告人の加盟店であって、被上告人百十彰との間で本件合意解除に伴う諸問題を責任をもって処理する旨約したとの前示事実があっても、それだけでは、前述のような特別の合意ないし特段の事情があるときには当たらないというべきである。もっとも、記録によれば、本件立替払契約に係る契約書(甲第一号証)の契約条項8(1)には、商品の瑕疵又は引渡の遅延が購入目的を達成することができない程度に重大であり、購入者がその状況を説明した書面をあっせん業者に提出し、右状況が客観的に見て相当な場合には、購入者は瑕疵故障等を理由にあっせん業者に対する支払を拒むことができる旨規定されていることは明らかであるが、これが前示特別の合意に当たるとしても、被上告人百十彰において右手続を履践するなど上告人に対する支払を拒み得る場合に該当する事実は、なんら確定されていない。
してみれば、叙上の説示に従い特別の合意ないし特段の事情の存否について判示することなく、前示事実のみから直ちに上告人の本訴請求が信義則に反して許されないとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるものというべく、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は、この趣旨をいうものとして理由がある。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 安岡滿彦 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫)